序
形状記憶合金はその特異な性質から工業,医療などさまざまな分野での応用が期待され,実
用化もされている.なかでも,同合金を用いたアクチュエータは,その駆動方法が流体加熱あ るいは通電加熱であり,機械的な駆動部分が少ないため,機械的・電気的なノイズがほとんど
発生せず,また,システムもコンパクト化が可能であり,関心を寄せる研究者や技術者は多い.
しかし,形状記憶合金の形状記憶効果や超弾性などの知識を有していても,システムを設計・
製作するには種々の課題があり,実用化されているアクチュエータは少ないのが現状である.
本書の特徴の概略を述べると,以下のようである.
・ 形状記憶合金を用いた排熱を駆動熱源とする熱エンジンや抵抗値をフィードバックして位
置制御が可能な通電式アクチュエータ,および環境温度の変化や外部からの力による抵抗 値の変化を温度・ひずみに変換してセンサとして使用する仕組みを,具体的に,かつ,わ
かり易く記述していること.
・ 精度のよいシミュレーション手法を提供することにより,材料の選定(形状・寸法等)や
システム設計を行う予備設計が可能であること.
・ シミュレーションの基礎となる構成式が,従来から提案されている構成式に比べて必要と
なる材料定数や実験データが少なくてすむこと.
・材料定数や実験データの取得方法についても,具体的に記述していること.
本書は,実用化に至っていない課題等を具体的に述べるとともにその解決策を示し,予備設
計から製作までの道標を著したものであり,第I 部〜第V 部で構成されている.
第I 部では,形状記憶合金を利用したアクチュエータやセンサを設計・製作するために必要
となる形状記憶合金の性質,すなわち形状記憶効果や超弾性の基本的な特性について記述して いる.尚,本書で取扱う形状記憶合金は,特性に優れ,かつ,材料メーカが供給可能なTi-Ni
系合金を対象としている.
形状記憶合金は,その特性を繰り返し利用できることが大きな特徴であるが,繰り返し使用
後の特性変化を把握しておくことは,設計を行う上で重要である.そこで,加熱・冷却,負 荷・除苛を繰り返したのちの回復力,形状回復量,変態温度の変化等について記述している.
また,設計・製作者が所望する特性を発現させるための加工方法,熱処理方法についても記述 しており,さらに,特性を評価する試験方法についても詳述している.
第U部では,形状記憶合金の実使用条件となる予変形や,加熱温度等に対する形状回復量
や,回復力等の変形挙動をシミュレーションする手法を記述している.形状記憶合金の変態 は,固有の変態面および変態方向において生じる.変態面および変態方向を合わせて変態シス
テムと呼ぶことにすると,1 つの結晶粒において24 通りの変態システムがあり,与えられた 力学的条件のもとで,多結晶形状記憶合金のそれぞれの結晶粒でどの変態システムが活性化す
るかは,内部エネルギが最小となるように決定される.形状記憶合金の変態におけるこのよう な作用を「アコモデーション」と呼ぶが,一定ひずみの仮説を用いることにより,これを数式
化したモデルがアコモデーションモデルである.またこのモデルは,材料の微視構造を参照す るモデルであるため,変形計算に要する計算量が大きくなるが,これを簡略化した現象論的な
構成式も合わせて提案している.ただし,簡略化したモデルにおいては,種々の応力/ 温度 条件における変態ひずみ挙動のデータが必要となる.このデータは,実験によって取得する必
要があるが,実験をすることが難しい条件におけるデータは,前述のアコモデーションモデル の計算結果により代用することができる.アコモデーションモデルによるシミュレーションに
ついては,読者が解析ソフトを作成できるようその詳細を記述している.本書では,簡略モデ ルによる解析ソフトを提供しており,さまざまな設計条件に対する変形挙動が解析できる.
第V部では,これまで形状記憶合金を利用したアクチュエータが実用化に至っていない理由・
課題を具体的に述べ,その解決策を提示している.このために,実際に設計・製作した代表的 な具体例を詳述し,読者が実際にアクチュエータを設計・製作する際の考え方,留意すべき点
等が理解でき,具体例を参考に新たなアクチュエータを設計・製作できる内容となっている.
第W部では,これまでほとんど応用例がないセンサとしての利用方法を含め,アクチュエー
タ・センサの設計マニュアルについて記述している.具体的には温度/ ひずみセンサや振動 センサとしての利用方法,考え方を提案している.このために,アクチュエータ・センサの作
製に必須となる制御回路を例示し,かつ制御回路では抵抗値等の数値情報を可能な限り表記 し,そのまま流用できる制御回路を提示してあり.読者の新たな発想を喚起し,さまざまな分
野への応用開発の試作品が作製できるように記述してある.
第V 部では,本書の付録として提供する形状記憶合金の変形/
変態シミュレーションプロ グラムについて記述している.本シミュレーションプログラムは,「第U部 変形挙動を表す
シミュレーション手法」の「3 現象論的構成式」で述べる計算手法に基づいており,4 種類の 材料定数と,最大10
ステップまでの応力または温度の変動負荷の負荷条件を入力することに よって,形状記憶合金の複雑な変形・変態挙動をシミュレーションすることができる.本書の
理解の一助となるよう,ぜひ,ご活用いただきたい.
本書の読者としては,企業で応用開発に携わる技術者およびスマートシステム,マイクロマ
シン,医療用器具の開発者等の多方面の研究・開発者,ならびに大学の機械系,電気系,材料 系,医工連系の学生,教員を想定している.形状記憶合金の産業から医用までの幅広い分野へ
の応用拡大の中で,本書の必要性は極めて高いものと確信する.
終わりに,本書の出版を快諾され,種々のご高配を賜りました株式会社エヌ・ティー・エス
の吉田隆社長をはじめ各位のご協力に深く感謝する次第である.
2016年7月
執筆者一同
佐久間俊雄,鈴木章彦,竹田悠二,山本隆栄
(50音順)
※ 2016年7月現在。変更の可能性があります
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