1 はじめに
2年度に1度のペースで実施されている診療報酬改定が実施となった。国民皆保険である我が国では,診療報酬による収入は,保険医療機関や保険薬局(以下,保険医療機関等)の収入の大半を占めているため,関係者の関心度は極めて高く,さらに今回は,3年に1度実施されている介護報酬や障害福祉サービス等報酬との同時改定であるとともに,論点が多岐にわたる大規模な改定内容となった。
医療費は国民から徴収する保険料と公費(税金)と患者負担から成り立つ。政府は国民皆保険制度の長期的安定を確保するため,医療の高度化と高齢者の増加に伴って増加一方の医療費の伸びを抑制する方向にある。近年の薬価改定もその一環で,増加する医療費を薬価改定と診療報酬改定で相殺する改革を実施している。薬価改定以外にも,DX活用等による保険給付の適正化・効率化,地域の実情に応じた医療・介護提供体制の構築,全世代型社会保構築会議を踏まえた応能負担の徹底など,あの手この手を用いて医療費の増加抑制策を打ち出してきている。
2023年6月に政府が示した「骨太の方針2023」では,2024年度の同時改定について,「物価高騰・賃金上昇,経営の状況,支え手が減少する中での人材確保の必要性,患者・利用者負担・保険料負担への影響を踏まえ,患者・利用者が必要なサービスが受けられるよう,必要な対応を行う」と記された。
同年11月,財務省は診療報酬改定率について,「過去20年間,医科診療所(入院外)における1受診当たりの医療費は,物価上昇率が低迷する中でも,ほぼ一貫して増加傾向にある。2019年度から2022年度にかけては特に年間+4.3%と,物価上昇率を大幅に超えた水準で急増」「直近3年間の医療法人の事業報告書等の集計結果では,@診療所収益は過去2年間で12%増加の一方で,費用は6.5%増,経常利益率は3.0%から8.8%に上昇,Aこの間に利益剰余金は約2割増加」と指摘,診療報酬本体の引き下げを求めた。
最終的には次年度予算編成に向けて,2023年12月の財務・厚労両大臣による予算折衝が行われ,診療報酬本体の改定率を+0.88%とすることで決着した。医療保険材料を含む薬価等の改定率は▲1.00%で,トータルでは▲0.12%改定となった(表1参照)。
今改定は,情報共有に向けたDX関連点数の見直し・新設のほか,医療機関職員の賃上げを強く意識したベースアップ評価料の新設,30年ぶりの食事療養費の引上げ,18年ぶりの初診料の引き上げ(注1),14年ぶりの再診料引き上げし(注1)が実施された。DX以外はいずれも世間の物価高騰・賃金上昇を勘案したものが多くなっているが,決して楽観的なものではなく,非常にメリハリの効いたものとなっている(注1:消費税引き上げに伴う改定を除く)。
薬剤関連としては,薬価引き下げ,バイオ後続品を含む後発医薬品の使用促進,長期収載品における保険給付の在り方の見直し,処方箋料の引下げ,調剤報酬においては,地域医療に貢献する薬局の整備に向けた見直しと薬局・薬剤師業務の専門性をさらに高め,質の高い薬学的管理の提供の推進に向けた見直しとなった。
これらの改定内容のうち,診療報酬改定DX,賃上げ,薬剤が絡む部分についていくつかの項目を紹介する。
出典:中央社会保険医療協議会・総会(2023年12月20日)資料をもとに作成
2 医療DXの推進に伴い,施行日を2か月間後ろ倒しに
2024年度診療報酬改定の実施時期が今回の改定から診療報酬改定DXの推進として,4月1日から6月1日に2か月後ろ倒し施行となった。従来は診療報酬改定の答申(2月上旬)や告示(3月上旬)から施行までが短期間なため,保険医療機関等の医事請求システム担当者やシステムベンダの作業が逼迫していたことから見直しが図られた。
また,これまでベンダ各社が個別に作成していたマスタを厚生労働省(支払基金)が作成するとともに,それを活用した電子点数表をベンダに提供して,共通コストを削減する方針である。
これらの取り組みは,政府の医療DX推進本部が決定した「医療DXの推進に関する工程表」に則ったもので,マイナンバーカードと保険証の一体化によるオンライン資格確認を皮切りに,電子処方箋の交付推進,全国医療情報プラットフォームの基盤構築など,DX化に突き進んでいる。余談だが,2026年度には厚生労働省が作成する共通算定モジュールをベンダに本格的に提供し,これを実装した標準型レセコンや標準型電子カルテを提供,保険医療機関等のシステム改革を抜本的に進めることで,保険医療機関等の間接コストを極小化しつつ効率化を進める狙いがある。
なお,薬価については,例年同様4月1日施行,材料価格 については6月1日施行となった。
3 医療従事者の賃上げに必要な財源を確保する診療報酬点数の創設
近年の物価高や世間の「賃上げ」に対応するため,病院,診療所,歯科診療所,訪問看護ステーション勤務する下記の医療従事者の賃上げに必要な診療報酬「ベースアップ評価料」が創設となった(表2参照)。
従来の発想であれば,初診料や再診料,入院料を引き上げて,それを原資にして賃引上げを実施するように求めるのだが,これでは対象職種の職員に実際に支払われたかどうかが確認できないため,別建ての点数である「ベースアップ評価料」が設定された。ベースアップ評価料で得た報酬全額が対象職員に毎月支払われる賃金に反映されたかどうかを計る仕組みが導入されたのは特筆すべきことであろう。なお,ベースアップ評価料の算定要件には,40歳以上の医師や役員を賃上げ対象としてはならないとされているほか,保険薬局には同様の点数は設定されていない。
4 入院医療における報酬改定のポイント
4.1 高齢社会の救急医療の在り方を見据えた入院料の新設
入院料の目玉点数として「地域包括医療病棟入院料」が誕生した。この背景には,2030年半ばから2040年頃にかけて,85歳以上高齢者の急増,高齢者割合の上昇がある。当然,「誤嚥性肺炎」や「尿路感染症」,「圧迫骨折」,「心不全」など,救急搬送を伴う高齢者特有の軽症・中等症の疾病が増えることが見込まれる。さらに,在宅や高齢者施設等からは医療だけでなく,介護や福祉を合わせた複合ニーズを持つ患者の入院も増えるに違いない。
これらの高齢者の急性期治療入院中の患者に対して,現状では早期のリハビリテーション不足による退院時のADLの改善遅れや,入院時点での低栄養リスク又は低栄養の状態のケースがあることから,医師や看護師以外の医療従事者の配置を求める新たな入院料として「地域包括医療病棟入院料」が新設となった。言わば,人口構成と疾病構造の変化を背景に誕生した新たなカテゴリーの入院料の誕生である。主な要件等は,表3のとおりである。
看護職員配置要件が「7対1」ではなく,「10対1」となっているのは,人的にも財源的にも貴重な医療資源を有効活用する観点からである。なお,点数には,投薬や注射の費用の大半が包括されている。
4.2 「重症度,医療・看護必要度」の見直し (薬剤関連部分の抜粋)
「重症度,医療・看護必要度」のうち,臨床データに基づく指標であるA項目の厳格化が図られた。「注射薬剤3種類以上の管理」について,従来の日数制限無しから7日間に限定されたほか,対象から「アミノ酸・糖・電解質・ビタミン」等の静脈栄養に関する薬剤が外された。この見直しにあたって,厚生労働省は入院日から一定期間ごとにどのような薬効の薬剤が多く使用されているかを示すデータを公表した。
ほかにも,「専門的な治療・処置」の「抗悪性腫瘍剤の使用(注射剤のみ)」について対象薬剤から入院での使用割合が6割未満の薬剤を除外,「専門的な治療・処置」の「抗悪性腫瘍剤の内服の管理」について対象薬剤から入院での使用が7割未満の薬剤を除外することとなった。これは外来での使用が多い薬剤を入院で使用することにメスを入れたものである。これら見直しを行った上で,「抗悪性腫瘍剤の使用(注射剤のみ)」,「麻薬の使用(注射剤のみ)」,「昇圧剤の使用(注射剤のみ)」,「抗不整脈薬の使用(注射剤のみ)」,「抗血栓塞栓薬の使用」及び「無菌治療室での治療」の評価を2点から3点に見直すなど,メリハリの利いたものとなっている。
さらに,看護職員配置7対1の急性期一般入院料1の要件からは患者の状態等を示すB項目を用いた評価が対象から外され,手術等の医学的状況を示すC項目において対象期間の短縮が図られた(表4参照,青文字部分は変更点)。
2024年3月5日 厚生労働省 診療報酬改定 解説資料をもとに作成
4.3 その他入院における薬剤・薬剤師関連の主な見直し
(1) 薬剤師の病棟配置を評価する病棟薬剤業務実施加算1に「薬剤業務向上加算(100点・週1回)」が新設となった。免許取得直後の薬剤師を対象とした病棟業務等に係る総合的な研修体制を有するとともに,都道府県との協力の下で薬剤師が別の医療機関において地域医療に係る業務等を実践的に修得する体制を整備している医療機関が病棟薬剤業務を実施する場合の加算で,対象は特定機能病院若しくは急性期充実体制加算1,2の届出を行っている保険医療機関に限定されている。
(2) 精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築を推進する観点から,精神疾患患者の地域移行・地域定着に向けた重点的な支援を提供する精神病棟として,「精神科地域包括ケア病棟入院料(1,535点・1日につき)」が新設された。点数は包括評価で,投薬・注射の費用の大半が含まれているが,患者が使用する抗精神病薬が1日2種類以下の場合に「非定型抗精神病薬加算(15点・1日につき)が設定されている。主な施設基準は,多職種の重点配置,在宅医療の提供実績,自宅等への移行率の実績,診療内容に関するデータの提出等などが設定されている。
(3) 入院中の薬物療法の適正化に向けて,退院時に算定する「薬剤総合評価調整加算(100点・退院時1回)」の要件について,カンファレンスの実施に限らず,多職種による薬物療法の総合的評価及び情報共有・連携ができる機会に必要な薬剤調整等が実施できることに要件が見直された。さらに,必要な薬剤調整等の実効性を担保するため,院内のポリファーマシーの評価方法をあらかじめ手順書を作成等することが求められるようになった。
(4) バイオ後続品の使用促進に向けて バイオ後続品を使用する保険医療機関において,患者にバイオ後続品の有効性や安全性について十分な説明を行った上で使用し,成分の特性を踏まえた使用目標を達成した場合の評価として,「バイオ後続品使用体制加算(100点 入院期間中1回)」が新設となった(表5参照)。
また,後発医薬品使用体制加算について,後発医薬品の置換率の変更は無かったもの,医薬品の供給不足等の場合における治療計画の見直し等に対応できる体制整備,患者説明,院内掲示の要件追加が行われると同時に点数の引き上げが実施された。
5 外来医療における報酬改定のポイント
5.1 生活習慣病関連(特定疾患療養管理料・生活習慣病管理料・特定疾患処方管理加算など)の見直し
5.2 地域包括診療加算,地域域包括診療料等における,かかりつけ医とケアマネとの連携促進
5.3 慢性腎臓病の重症化予防に向けた慢性腎臓病透析予防指導管理料の新設
5.4 外来腫瘍化学療法の充実
5.5 長期収載品の保険給付の在り方の見直し
5.6 その他外来における薬剤・薬剤師関連の主な見直し
6 終わりに
◆続きは「月刊PHARMSTAGE」2024年10月号 本誌でご覧ください◆
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