「月刊PHARMSTAGE」2025年1月号プレビュー

【特集】 患者報告アウトカム(PRO)の製薬企業の活用法

リアルワールドデータとしての
患者報告アウトカムの利用の可能性

青木 事成  エピデンスベイスド代表

1.はじめに

 社会には様々な製品やサービスがあり,その良し悪しを決めるのは作り手ではなくエンドユーザーたる顧客である。どんなに高級食材を使って一流料理人が料理したものであっても口に合わなければ「マズい」のであって,逆に素朴な料理であっても家族で囲んで食べる料理は「うまい」と評価されることもあろう。塩気やうまみ,盛り付けといったような様々な評価軸はあれども主たる評価指標は顧客満足度といってよい。
 製品・サービスの評価者がエンドユーザーであるという,その当たり前の視点でみると医療分野において患者報告アウトカム(Patient Reported Outcome,以下PRO)なる呼称が近年登場したというのは他の産業からみれば異質であり理解しにくいことであろう。サービスの総合評価として本来,もっとも相応しいのは患者満足度(=顧客満足度)である。病気は完治したかもしれないし,あるいは障害が残ったりしたのかもしれないのだが,あくまで医療サービスという視座に立つならば,これらは副次的な評価項目でしかない。完治したなら「良」で障害が残ったなら「不良」というのが必ずしも最終的な評定とはならないし,何よりサービスの提供者側(医療者)がサービスの最終評価者という医療業界の常識は,他の業界ではみられないものである。遅ればせながら登場したPROこそが,医療サービスに対する真なるプライマリー指標ともいえるだろう。
 一方でこれまで医療・医薬の世界においてアウトカムの情報提供者とは医療者のことだというのが常識であり,その意味においてアウトカム評価をわざわざClinRO(Clinician-Reported Outcome,医療者による患者アウトカム評価)と呼称する必要などなく,単に「アウトカム」と呼称するだけで済む。これまでの医療・医薬業界の常識からすればPROとは主たる評価ではなく副次的評価,あるいは“参考情報”に過ぎない。他の産業とかなり様相が異なっているのである。さて,冒頭にふれた他産業における顧客が最終評価者という,“アタリマエ”に気付いたと言えるかどうかはわからないが,このところはPROなる概念が相応に理解・浸透してきている。医薬品の承認申請に用いる臨床試験等の世界にあってはPROによく似た概念でもあるQuality of Life (生活・生命の質,QOL)についてその尺度(スケール)を被験者に問うことはもはや珍しくない。その一方で,実際の医療現場から得られるデータ(Real World Data,以下RWD)においては今なおアウトカムといえば医療者による評価,ClinROというのが現状である。ここではRWD利活用の潮流の中でこの先,この現状がどのように変化するのか展望してみたい。


2.RWDに含まれる項目

 RWDにはどのような項目が含まれているのだろうか。そもそもRWDをどう定義するかにもよるのだが,RWDの中でも多くの項目を包含するのは電子カルテシステム由来のデータであり,これを例にとってみよう。その電子カルテシステムの“原データ”には名前,性別,生年月日など患者さんの属性情報が含まれている。一方でこれを2次的に利用する研究者の立場でいうところのRWDは原データそのものではなく,加工したものである。個人情報を保護する目的で患者を特定する情報が削除あるいは“目隠し”を目的とした,ちょっとした加工をすること―例えば全ての日付を数日遅らせた日にする等―がこれまでは一般的であった。特に研究上,もはや“絶望”とも思える加工処理は希少疾病の病名加工であり,研究者が利用するRWDの病名欄は「その他の疾病」とされ,事実上,研究利用が出来ない状況にあった。
 それが今般,2024年の次世代医療基盤法改正等により“緩和”されたことで,利用認定を取得すれば生年月日や治療開始日,診断名など,正しい値を加工なく入手できるように制度が改正されたことは大きな進歩といえよう。むろん,生年月日や治療開始日を特定したいという動機は決して個人を特定したいからではなく,精緻な医療系の研究を行いたいからであることは強調しておこう。不適切な利用については当然,懲罰が科せられる。
 さて,このような客観的事実にもとづくデータ,つまり患者背景であったり,処方された医薬品の名称や錠数であったり,臨床検査の結果といったデータは評価データではなくファクトデータである(中には入力ミス等の<フェイク>も含まれるのだが)。これに対し評価データというのはあくまでヒトによる判断が含まれるものであって,例えば診断名などは医師によって判断がなされるためClinROの一部ともみなすことができる。このようなヒトによる判断はCOA(Clinical OutcomeAssessment)と呼称され(図1),患者の属性等,ファクトデータとは区別される。只今のRWDにおいてCOAデータといえばおよそClinROなのであって,PROが含まれているRWDはかなり限られている。
 仮に患者が「頭が痛い」と言ったとしてもその症状を「頭痛」として入力するのは医療者である。「だるい」と患者が言ったとしてもやはり医療者が判断のうえ,電子カルテシステムに入力するかどうか,どのように入力するかどうかを判断する。実際にはそれが激痛なのかもしれないのだが痛みの程度を正しく医療者に伝え,医療者が正しく受け取らなければそれは医師の“色めがね”を通したデータに改編されてしまう。仮に「だるい」と患者が言ったとしても投薬等の処置が伴わなければそもそもデータにはならない可能性は相応にある。その意味でClinROは真実そのものでは決してなく,それ故にPROが待望されるともいえよう。

 図1 COA(Clinical Outcome Assessment)分類


3.PROとQOL尺度

 PROとは何か,具体的にはどのような項目がこれに該当するのかについても触れておく必要がありそうだ。特に「PROとQOLは同じものか」という疑問は未だに多い。この答えは情報の受け止め方や概念整理によっても異なってくるのだが,仮にQOLを健康関連の指標だけに限定するのであれば「(健康関連)QOLはPROの一部」とするのが最も自然な整理だろう。なお,PROは「患者本人による,医療者を介さない評価」の全てであり,必ずしもQOL的な生活の質に関するものばかりではない。痛みの程度であったり,「吐き気がする」とか「右手がしびれる」といったような患者自身でなければ知りようのないもの全てが含まれる。痛みに限定したQOL尺度なども存在するので,なおさらPROとQOLの区分けがややこしいのだが,容態,症状についてニュアンスも含めるならばフリー記載の方が優れるだろうし,尺度の存在しない自覚症状も多い。また一方で痛みや精神的苦痛について客観性のある測定値として脳波の測定技術や実用化が待望されてもいるのだが,脳由来情報については機器装着の困難性などがあり今しばらくはPROが第一選択となろう。
 QOLの尺度は日進月歩であり,SF-36やEQ-5Dに代表される包括的なものから,前述した痛みの程度だけに特化したものまで様々である(図2)。尺度・スケールに関して具体的な詳細を知りたい方は「患者報告アウトカム使用についてのガイダンス集」1)を参照されたい。また,RWDに含まれるような電子化されたPROのデータは小文字のeを付けて「ePRO(イープロ)」と表現され呼称されることの方が一般的である。以降はこちらの呼称を使うことにしよう。

出典 製薬協成果物 https://www.lifescience.co.jp/pro/article02-2-6.html#main

 図2 主なPRO尺度


 ◆続きは「月刊PHARMSTAGE」2025年1月号 本誌でご覧ください◆

  月刊PHARMSTAGEのホームページはこちら
  
https://www.gijutu.co.jp/doc/magazine_pharm%20stage.htm



参考文献

1)厚生労働省科学研究班開発 患者報告アウトカム(Patient-Reported Outcome:PRO)使用についてのガイダンス集
https://www.lifescience.co.jp/pro/article02-2-6.html#main

 

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