「月刊PHARMSTAGE」2025年2月号プレビュー

特集 「10年後を見据えた医薬品開発戦略と意思決定」

10年後の市場を見据えた市場予測とTPP作成・運用

(Prepare & Operate TPP and Market Forecast for the Drug Market in 10 years from now)

高山 健次  中外製薬(株) ビジネスインサイト& ストラテジー部 ビジネスアナリシスプロフェッショナル

1.はじめに

 医薬品開発は,低分子からバイオへと治療モダリティの変遷が進んでおり1),製薬各社は抗体医薬のような多くの疾患へ応用が可能な新規モダリティ医薬品を見出すべく,しのぎを削っている状況である。Evaluate 社による世界の医薬品開発パイプライン品目数を集計した表1 の結果では,新規モダリティ医薬品はPhase U以前に多く存在し,品目数では抗体医薬に迫る勢いである。
 さらに,医薬産業政策研究所による日本の大手製薬企業9 社の外部導入品の調査2)によると,Preclinical(非臨床)段階の品目が最も多く,新規モダリティ医薬品を評価する機会も増加しているものと推察される。また,日本発創薬の価値最大化研究会(JVO)の研究会3)へ参加した企業36 社73 名の会場アンケートによれば,医薬品の最終目標を描いたTPP(target product profile)の作成時期は非臨床段階との回答が85%を占めており,各社は研究開発の早期からTPP 設定による効率的な研究開発を目指すとともに,アセットの導出入や研究開発ステージアップのGo/No-Go 判断のために市場予測や売上予測,ひいては事業性評価を実施している可能性がある。
 本稿では医薬品研究開発の早期段階から作成されているTPP に注目し,TPP で設定したアセットのポテンシャルを10 年後の市場予測や売上予測にどのように反映し,さらに遡ってアセットの価値最大化に向けてTPPをどう改定・運用すべきか,市場予測,売上予測および事業性評価を行うビジネス評価担当者の目線で解説する。

表1 新規モダリティ別の上市品と開発品(Phase1 以降)

出典:Evaluate Pharma 2024/01/07
Other biotechnology product:プロバイオティクス、バクテリオファージ、酵素、組換え抽出物、天然エキス等

2.TPP(target product profile)とは

2.1 TPP 作成の意義

 TPP は,医薬品開発プロセスを効率化するためにFDA(Food and Drug Administration: アメリカ食品医薬品局)が導入した計画ツールである4)。医薬品開発企業が目標とする製品性能をまとめた,いわゆる設計図のようなものであり,FDA との議論に用いられている他,WHO や我が国ではAMED(Japan Agency for MedicalResearch and Development:日本医療研究開発機構)でも採用され,医薬品研究開発企業へ広く普及している。
 TPP 作成の意義は,当局との対話での活用のみならず,医薬品研究開発企業内での部門横断的な最終目標としての共有,また投資家や市場調査における医師や患者への説明など,多岐にわたり活用されており,本稿のテーマである市場予測,売上予測および事業性評価においても重要な役割を有している。

2.2 TPP の項目と記載内容と3 つのポイント

 一般的なTPP の項目と記載内容,また筆者が特に重要視している3 つのポイントを表2 に記載した。

表2 TPP の項目・内容と重要な3 つのポイント

(1) Scientific rationale( 科学的な根拠) とValueproposition(本剤によって顧客に提供できる価値)を考慮して作られているか?

 前章で述べた近年増加している新規モダリティ医薬品においては,ターゲットとなる疾患は難病や希少疾患・セグメントであることが多く,妥当な評価系がないなど非臨床結果をヒトへ外挿することが困難な場合も多い。このような場合のTPP では,疾患におけるUMN(アンメット・メディカル・ニーズ)に応える理想的な姿にせざるを得ないが,種々のデータの積み重ねとアカデミアや他社事例研究などのScientific rationale に基づいて説明できる箇所と,根拠のない箇所を評価担当者は理解しておく必要がある。Scientific rationale のない研究開発品にいくらビジネス上での魅力があったとしても,最悪の場合は臨床試験が失敗しマイナスの価値だけが残ることになる。TPP で最も留意すべきポイントであろう。
 また,TPP に記載の数字,例えば効果の度合いや副作用の頻度などは,医師や実際に投与された患者でないと臨床的な意義が判らない場合も多い。アトピー性皮膚炎の「炎症」と「かゆみ」のように,医師の診察時にも症状として現れている「炎症」と,診察時に現れていない「かゆみ」とでは,治療したい医師側のニーズと,治療してもらいたい患者側のニーズにギャップが生じることもあるだろう。TPP に記載された効果,安全性や利便性により,医師や看護師にとって診察や看護の場面でどのような助けに繋がるのか,患者やその家族,介護者がどのような場面で笑顔になれるのかが明らかになれば,部門横断的な研究開発チームメンバーのモチベーション維持や結束につながるだけでなく,意思決定を行う経営や,また投資家においても製品の価値を理解してもらうことが可能となる。TPP を達成するためには,今後起こり得る様々な困難を着実に乗り越えていく必要があるため,TPP を単なる掛け声だけの「絵に描いた餅」にしないためにもValue proposition は重要なポイントである。

(2) 定量的か?上市時の姿を描けているか?将来のUMN を満たすか?

 TPP の記載内容が定量的,かつ上市時の姿を示していなければ,Value proposition や競合との差別化も見いだせないばかりか,チーム議論や市場調査などを介した製品評価も困難となり, No Go 判断を先送りして無駄な投資を行うことにも繋がる。
 早期段階での競合情報は,公開特許公報などに限られ存在すら不明な場合が多いため,現在のUMN を満たす基準で作成されたTPP であっても問題にならないかも知れない。ところが同様の競合の存在が明らかになると,効果重視のTPP で研究開発を急ぐのか,効果と安全性のバランスを重視したTPP を目指すのか,更には投与量,投与頻度,投与剤型およびデバイスなど利便性面においても完成度の高いTPP を目指すのか,悩むことになるであろう。このような場合でも,まずはScientificrationale に基づいた考察が重要であり,当該アセットの有効成分の薬剤クラスにおいて,より高い有効性や安全性が期待できないのであれば,将来の利便性や価格競争のための準備が必要になるであろう。すなわち,当該アセットがどのような患者のどのようなUMN を満たすことになるのか?それが達成された先(将来)にはどのようなUMN が新たに発生し得るのか?少なくともその将来のUMN を満たすようなTPP をあらかじめ設定することが肝要と思われる。例えば,慢性関節リウマチの生物製剤市場においては,投与間隔延長の長期作用型分子の開発競争に加えて,バイアル→プレフィルドシリンジ→オートインジェクターといったデバイスの開発競争も同時に起こり,更に現在は価格ニーズを見据えたバイオシミラーとの競争が起こっている。競合の状況を横目で見ながらTPP の改定していたのでは,このような開発競争に乗り遅れてしまうであろう。

(3)Upside/Downside のシナリオが描けているか?

 前述の通り,不確実性の高い早期段階では,情報量も少なく将来予測は困難である。ハードルの低いTPP を目指すと価値の低いアセットとして投資対象から外されたり,当局が求める基準に合致せず開発中止に追い込まれたり,上市できたとしても競合優位性やUMN を満たせないアセットになる可能性がある。一方,ハードルの高いTPP を設定するとチームの課題達成が困難になってメンバーのモチベーション低下を招き,計画遅延や上市できないリスクも高まる。このような機会損失やリスクを回避するために,FDA が推奨しているように承認レベル(Minimum)TPP と,目指すべきレベル(Preferred)TPP に分ける,もしくはその間に現実的な達成可能なレベル(Realistic)TPP を加えて運用することも考慮する。これらレベルの異なるTPP での市場予測や売上予測を行うことで,社内での優先度設定,リソース配分の決定,導入評価などの意思決定時の議論にも有効に活用できるであろう。
 最終目標,すなわち患者に届いた際の価値を示し,今なすべきことに着手することにTPP 作成・運用の本質がある。目指すべき(Preferred)TPP を達成するための課題にチャレンジしなければ,レベル分けのTPP は本来の製品価値を棄損する対策となってしまうことには留意すべきであろう。


 ◆続きは「月刊PHARMSTAGE」2025年2月号 本誌でご覧ください◆

  月刊PHARMSTAGEのホームページはこちら
  
https://www.gijutu.co.jp/doc/magazine_pharm%20stage.htm



参考文献

1)『次世代医薬・基盤技術の動向と展望,推進すべき研究開発戦略』国立研究開発法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター,
 https://www.jst.go.jp/crds/pdf/2018/WR/CRDS-FY2018-WR-12.pdf

2)日本の大手製薬企業のパイプライン分析 〜自社オリジンと外部導入の比較〜,医薬産業政策研究所No. 69,2023 年07 月発行,
 https://www.jpma.or.jp/opir/news/069/07.html

3)日本発創薬の価値最大化研究会(JVO)TPP Workshop, 2019 年6月11 日

4)FDA : Draft Guidance for Industry and Review Staff on Target Product Profile - A Strategic Development Process Tool
 https://www.federalregister.gov/documents/2007/03/30/E7-5949/draft-guidance-for-industry-and-review-staff-on-target-product-profile-a-strategic-development

 

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