1.はじめに
エクソソームは細胞から分泌される脂質二重膜で囲まれた直径50-150nmのナノサイズの小胞顆粒である。タンパク質やmicroRNA(miRNA)などの核酸を含み,生理活性物質が含まれていることから,細胞間コミュニケーションにおける重要なメディエーターとして機能している1)。様々な生理機能や病態発症との関連が研究される中で,多くの研究者がエクソソームを治療薬として用いて臨床応用することを模索してきた。エクソソームを治療薬として用いる研究は2つに大別される。1つ目は細胞から分泌された有効成分を含むエクソソームをそのまま治療薬として使用する方法で,2つ目はエクソソームや細胞自身に様々な加工を加え疾患治療に対するエクソソームの効果を高める改変型エクソソームである。治療効果のメカニズムも含め前者の報告,特に間葉系幹細胞(Mesenchymal
Stem Cell : MSC)由来のエクソソームに関する研究が非常に多く報告されており,本稿では天然型エクソソームを中心に概説する。
エクソソームを治療薬として応用する試みは良性,悪性疾患ともに非常に多岐にわたる。その全てを解説することは困難であるため,代表例として,神経疾患・腎疾患の先行研究を紹介した後に,筆者らの研究室で進めている呼吸器疾患に対する研究を解説する。エクソソームという名称に関して,国際細胞外小胞学会(ISEV
: International Society for Extracellular Vesicles)は包括的な用語として『細胞外小胞(EVs
: Extracellular Vesicles)』の名称を使用するように推奨している。細胞外小胞には起源やサイズによって複数のサブタイプが存在し,不均一な集団であることが分かっているためである。現時点で,日本語では“エクソソーム”という単語が普及しており,分かりやすさの観点で本稿に限っては“エクソソーム”の名称を使用することとするが,正確な用語の使用に関してはMISEV2023ガイドラインの記載を参考にすることを推奨したい。
2.エクソソーム生合成とその機能
直径50-150nmのエクソソームは,細胞内のエンドサイトーシス経路で,エンドソーム膜が内側へ出芽することによって形成が開始される。多胞体(multivesicular
body ; MVB)が形成された後に,MVBが細胞膜と融合することにより,エクソソームが細胞外に放出される(一方,直径100-1000nmのマイクロベシクルは直接細胞外に細胞膜が出芽することで形成されると考えられている)2)(図1)。
エクソソームの産生の過程で,その内部に“積荷(cargo)”として脂質,タンパク質や核酸などが搭載される。エクソソームは親細胞から放出された後に,受け手の細胞に取り込まれ,
その“積荷”を放出することで,受け手細胞にシグナルを伝達し,その表現型に影響を与える3)。例えば,エクソソーム内のmicroRNAは,受け手側の細胞で遺伝子発現などを制御することが分かっている4,5)。これらの現象は,エクソソームによって細胞間コミュニケーションが行われ,隣接する細胞のみならず体液に流れ遠隔臓器にも作用することを示している。これらの研究が深まるにつれて,エクソソームは生体内の恒常性の維持や疾患の発症における重要なメカニズとして機能していることが分かり,さらには治療薬やバイオマーカーとしての可能性が示唆され,研究が加速している。
3.エクソソームを用いた疾患治療に関して
エクソソームの治療薬としての強みは,
@ 脂質二重膜で囲まれており,体液中でも極めて安定であること
A 多様な内包物を含有しており,従来のシングルターゲットでは治療が難しい疾患に対してマルチターゲットな作用が期待できること
B 細胞治療で問題となる急性免疫応答は,分泌細胞の由来によっては少ないとされていること
が挙げられる。
天然型エクソソーム治療薬の代表例として,MSC由来のエクソソームはそれ自体が治療薬として提案されている。MSCは体内の多くの組織に存在する細胞で,脂肪組織,臍帯血,胎盤,骨髄など様々な組織から分離可能であり,様々な細胞への分化能を有する。さらにMSCは未分化状態で炎症抑制・細胞増殖促進などの効果があるサイトカイン・増殖因子を分泌することで組織修復を促すことが分かっている7)。当初,MSCに抗炎症効果があることから,様々な疾患での治療応用が進んでいたが,MSCは血管内に投与した後,毛細血管レベルでほとんどが捉えられ標的臓器には少数しか到達しないことが分かり8),次第に治療効果の媒介・担い手として,MSCの分泌する体液因子やエクソソームが注目されるようになった。MSC由来のエクソソームにはMSC由来のmRNAおよびmiRNA,サイトカイン,ケモカイン,免疫調節因子および成長因子が豊富に含まれ8),MSC同様に免疫調節・抗炎症効果を有することから,様々な疾患への治療に応用できないかが検討されているところである。各疾患においてどのように治療効果をもたらすかというメカニズムも研究がすすんでおり,その一部に関しては各論で述べる。
天然型エクソソームに工学的な改変を加えることで,さらなる治療効率化の向上を目指す改変型エクソソームの研究もある。エクソソームの表面リガンドを変化させて病変への送達能を向上させることが可能と考えられている9)。また,エクソソームに薬剤や核酸を内包させることが可能であり,エクソソームを薬剤送達プラットフォームとして用いる開発も進んでいる9)(図1)。
図1 エクソソームの生成経路、天然型エクソソーム・改変型エクソソームについて
(中略)
6.肺疾患へのエクソソーム治療
肺疾患には肺炎・気管支炎,気管支喘息,間質性肺炎/特発性肺線維症,慢性閉塞性肺疾患(Chronic
Obstructive Pulmonary Disease : COPD)など,多岐にわたる疾患が存在する。肺疾患へエクソソーム治療を応用する際の大きな特徴は吸入療法を選択できることである。エクソソームは直径50-150nmのナノサイズの小胞顆粒であり,ネブライザーなどで霧状にし,それを吸入すると直接,肺疾患の主座である末梢気道や肺胞領域に届けることが可能となる。新規薬剤の治療応用の場合は,病気のある臓器へ効率高く到達させるかという点が重要となる。エクソソームを点滴で投与すると血流に乗って全身へ分布することから,標的臓器への到達性という観点で課題点があるが,吸入療法の場合は直接肺に到達させることができ投与容量も抑えることができることから,薬剤送達性や安全性の観点で優位性が高い。現時点では,動物モデルへのエクソソームの静脈内投与による疾患への効果を評価した報告が多いが,エクソソームを肺疾患に応用する際には,静脈内注射なのか気管内投与(ネブライザー含む)なのかという投与経路も考慮すべきである。
6.1 特発性肺線維症
特発性肺線維症(idiopathic pulmonary
fibrosis : IPF)は肺の間質の線維化を特徴とする慢性進行性の疾患であり,予後不良である35)。現在,使用可能な抗線維化薬はピルフェニドン(pirfenidone)やニンテダニブ(nintedanib)の2種類のみであり,これらの薬剤は進行抑制の効果が示されている。特発性肺線維症の治療薬としてエクソソームを使用する試みは他疾患と同様にMSC由来のエクソソームの報告が多い。また,ヒト気道上皮細胞(Human
Bronchial Epithelial Cells : HBEC)由来のエクソソームの治療応用も研究が進んでいる。
Mansouriらは,ヒト骨髄由来MSC(Bone marrow -derived mesenchymal
stromal cell : BM-MSC)のエクソソームの単回静脈内注射によりマウスのブレオマイシン誘発性肺線維症を改善させることを発見した。この報告の中では,抗炎症性のマクロファージの誘導により線維化が改善すると述べている36)。線維化の改善のメカニズムの研究は他の研究グループからも報告が続いており,Wanらは,BM-MSC由来のエクソソームが,microRNA-29b-3pを介して,線維芽細胞のfrizzled6(FZD6)の発現をダウンレギュレートすることにより,線維芽細胞の増殖を抑制し,マウスのIPFの進行を抑制することを示した37)。そして,Zhouらは,ヒトBM-MSC由来EV内に存在するmicroRNA-186がSOX4
→ DKK1の発現を抑制することで,線維芽細胞の活性化が阻害されると報告した38)。IPFへの治療応用としての研究は,他にもヒト臍帯MSCのエクソソーム39,40),ヒト月経血由来子宮内膜幹細胞のエクソソーム41),ヒト羊膜上皮細胞のエクソソーム42)などがIPFのマウスモデルで報告されている。
我々の研究室では,ヒト気道上皮細胞(Human Bronchial Epithelial
Cells : HBEC)由来のエクソソームが,MSC由来のエクソソームと比較して,より効率的にTGF−β誘導性線維芽細胞の分化と気道上皮細胞の老化を効率的に抑制することで,IPFへの効果があることを報告した43)。HBECは気道上皮細胞の中でもp63及びKRT5陽性の基底細胞の形質を有し,粘液細胞や線毛上皮に分化する大気道のprogenitor細胞である。HBEC由来エクソソームの治療的効果メカニズムをRNA-seqにより解析し,IPFの発症機序に関与しているとされる古典的および非古典的WNTシグナル伝達経路の両方が関与していていることが明らかになった。そして,HBECのエクソソームの内部に存在するmicroRNAがTGF−βとWNTによるシグナル伝達を抑制する役割を担っていることも判明した。(具体的には,miR-26a,
miR-26b, miR-141,およびmiR-200aは,HBECと肺線維芽細胞の両方で非古典的WNT5Aを標的とし,miR-16とmiR-148aは肺線維芽細胞の古典的WNT10Bを標的とし,miR-16はHBECの古典的WNT3Aを標的とする)。本研究ではHBEC由来のエクソソームを霧状にしてマウスに気管内投与することによりIPFへの効果があることを示した43)。われわれはHBEC由来のエクソソームのIPFへ治療薬として臨床応用するため,臨床グレードの製剤開発を目指して日々研究を進めている。
参考文献
1)Fujita, Y. et al. Trends
Mol. Med. 21, 533-542 (2015)
2)Kumar, M. A. et al. Signal Transduct Target
Ther 9, 27 (2024)
3)Liu, Y. -J. & Wang, C. Cell Commun. Signal.
21, 77 (2023)
4)Kosaka, N. et al. Journal of Biological Chemistry
285, 17442-17452 (2010)
5)Pegtel, D. M. et al. Proc. Natl. Acad. Sci.
U. S. A. 107, 6328-6333 (2010)
6)Phinney, D. G. & Pittenger, M. F. Stem Cells
35, 851-858 (2017)
7)Toma, C. et al. Circ. Res. 104, 398-402 (2009)
8)Harrell, C. R. et al. Cells 8, 467 (2019)
9)Herrmann, I. K. et al. Nat. Nanotechnol. 16,
748-759 (2021)
35)Lederer, D. J. &
Martinez, F. J. N. Engl. J. Med. 378, 1811-1823
(2018)
36)Mansouri, N. et al. JCI Insight 4, (2019)
37)Wan, X. et al. J. Cell. Physiol. 235, 8613-8625
(2020)
38)Zhou, J. et al. Stem Cell Res. Ther. 12, 96
(2021)
39)Shi, L. et al. Stem Cell Res. Ther. 12, 230
(2021)
40)Xu, C. et al. Stem Cell Res. Ther. 11, 503
(2020)
41)Sun, L. et al. Oxid. Med. Cell. Longev. 2019,
4506303 (2019)
42)Tan, J. L. et al. Stem Cells Transl. Med. 7,
180-196 (2018)
43)Kadota, T. et al. J Extracell Vesicles 10,
e12124 (2021)
|