1.はじめに
医薬品製造現場における最も重要な取り組みの1つが交叉汚染対策であることは,誰もが認めるところであろう。その取り組みの中でも,製造後装置に残る残留物を除去する洗浄プロセスは,残留物をすべて除去することが困難(無理ではないが,コスト・時間が生産コストよりかかるとも言われる)なことから,交叉汚染リスクが高く,過去に多くの製品回収が発生している。一方,規制当局も洗浄において残留物を検出限界以下とすることを求めていない1)。こうしたことから,どこまで洗浄後の残留性を認めるのか,また残留値が常に一定の基準値以下となる洗浄プロセスをどうやって確立するのか,洗浄バリデーションは企業にとって非常に大きな課題となっている。本稿では,洗浄後の残留限度値設定と近年医薬品開発の中心になりつつあるバイオ医薬品製造ラインの洗浄バリデーションに焦点をおいて紹介するとともに,ライフサイクルを通した洗浄バリデーションにどう取り組むべきかについて,著者らの考えを紹介する。なお,洗浄バリデーションについては,数多くの課題があり,それをすべてこの紙面で紹介することは不可能である。関連する参考書が数多く出版されているので,興味のある方はそうした資料2-8)を参照頂きたい。
2.洗浄バリデーションにおける残留限度値設定の考え方
ここでは洗浄後の残留限度値に関して歴史的な経過を見ていくが,大きな転機の1つは1993年Eli
Lillyの研究者が発表した論文(図1)9)とFDAが洗浄バリデーションに関する査察官向けのガイド10)を作成したことにあると著者は考えている。

図1 Fourmanらによる最初の論文
2.1 歴史に見る洗浄後の残留限度値
1963年,最初のcGMPが米国で導入されたが,その時規制当局が求めていたのは,“装置が目視でクリーン
(Visually Clean)”ということであった。しかし,この判断には科学的な根拠を見出すことは困難であり,当時は各社がそれぞれの考え方に基づいて洗浄後の限度値を設定していた。たとえば,1992年にPhRMAが行ったアンケート調査11)では,表1に示したような結果となっている。表を見て分かるように,各社各様であり,そこには後述するEli
Lillyの論文にみられるような判断基準も含まれている。また,1993年Barr LaboratoryとFDAの裁判闘争12)を経て,規制当局におる製造現場の査察強化が図られることになり,当然のことながら洗浄・洗浄バリデーションに対しても,しっかりとした取り組みが企業に求められることになった。そして,FDAは洗浄バリデーションに関する査察向けのガイド“Guide
to Inspections: Validation of Cleaning Processes”10)を作成し,この中で残留限度値について,次のように記載している。
FDA 査察官向けガイド10)における記載:
FDA は,洗浄プロセスがバリデートされているかどうかを判断するための許容基準やその方法を設定するつもりはありません。原薬および最終製剤製造で使用される機器や製品には大きなばらつきがあるため,FDA
が特定の基準を決めることは現実的ではありません。残留物限度値の設定根拠は,製造業者が有する関連知識に基づいた論理的ものであり,また実用的,達成可能,検証可能なものである必要があります。合理的な限度値を設定するには,分析方法の感度を考慮することが重要です。文献やプレゼンテーションで業界の代表者が言及した限度値には,10
ppm などの分析検出レベル,通常の治療用量の 1/1000 などの生物活性レベル,目に見える残留物がないなどの官能的な基準などがあります。
限度値を設定する場合,その方法を確認すること。化学的性質がわかっている残留物(つまり,活性物質,不活性物質,洗剤など)
とは異なり,原薬製造プロセスには,化学的な特性が明確ではない部分的な反応物や不要な副産物が存在する可能性があります。残留限界値を設定する場合,他の化学変化を排除出来ない可能性もあり,主要な反応物だけに焦点を当てるだけでは不十分な場合があります。また,化学分析に加えて,TLC
スクリーニングが必要になる場合もあります。特にステロイドなどの非常に強力な化学物質の場合,原薬製造工程において,専用の装置がない時には副産物の問題を考慮する必要があります。バリデーションの目的は,限度値の根拠が科学的に妥当なものであることを確認することです。
表1 1992年にPhRMAが実施したアンケート調査結果

この内容と同様の記載が1998年HUMAN
DRUG CGMP NOTES13)にも記載されており,企業は自分たちが生産する製品の特徴をふまえて,残留限度値の設定を行うことが求められている。そして,この考え方は今日でも変わっていない。
1998年HUMAN DRUG CGMP NOTES13)における記載
質問: FDAは,洗浄バリデーションとそれに続く洗浄確認に対し,不純物に関する許容限度を持っているのか。
回答: FDAは,いつも異物混入や交叉汚染の問題に重大な関心を持っています。そうした汚染には,前の製品や残留洗浄溶液の単なるキャリーオーバーだけではなく,洗浄剤や界面活性剤のキャリーオーバーも含まれます。ペニシリンを除き,
FDAは洗浄バリデーションに対する標準的な許容限度値を確立していません。装置や製造される製品の幅が広いことから,当局が特定の基準を決めることは現実的ではありません。しかし,CGMPの要求から企業は,特異性を有する分析法と同様に洗定する必要があります。いくつかの企業は,ICH不純物ガイドラインとU.S.P.General
Note の両方で議論されている不純物識別閾値としての0.1%を許容限度として誤って適用した企業があります。
この0.1%不純物識別閾値の適用は不適切といえます。なぜならばこの限度値は製造プロセスに関係した不純物,或は関連物質の評価を意図したものであり,交叉汚染による外来異物に対するものではないからです。許容限度値は,洗浄プロセスの能力を反映していることが重要であり,許容限度を決める時には,以下のような要因を含めるべきです。
(1) キャリーオーバーの臨床上の影響評価
(2) 汚染物質の毒性
(3) リンス液中の汚染物質の濃度
(4) 分析法の検出限界
(5) 目視検査
こうした因子の検討を提案しますが,目視検査のみに依存することは科学的に適切とはいえません。
このように,規制当局が一律に残留限度値をこのように設定しなさいと言うことを明記した文書はないと考えるべきである。では,どのような方法があるかであるが,まずはFourmanらの考え方9)を紹介する。
2.2 Fourmanらの基準に基づく限度値設定>9)
1993年Eli LillyのFourmanらは,次の3つの基準の中で最も厳しい基準を採用すべきだと提案した。
(1) 0.1%基準:洗浄後に生産する製品の1日最大投与量に対して,前製品成分の最小投与量の0.1%以下とする。
(根拠)0.001の中には,3つの10 が含まれている。最初の10は,医薬品は一般に処方される投与量の0.1
で活性がなくなると考えられることである。2番目の10 は,安全係数である。そして3番目の10は,洗浄バリデーションが頑健性を有するものである,つまり,それが十分厳しい規格として世界で受け入れられるためのものです。
(2) 10ppm基準:前に製造した製品の成分が次に製造する製品に混入する限度を10ppmとする
。
(根拠)最大許容100万分の1レベルを使用するという考えは,食品に適用される規制(注:論文の中では具体的な基準は示されていない)にそのルーツがあります。こうした規制では,食物連鎖の中である一定量の有害物質が動物組織や家禽製品に入っていても受け入れられると考えています。
(3) 目視基準:目視で確認して,残留物を認めない。
(根拠)多くの場合,洗浄後に装置に目視可能な残留物が残っていても,最初の2つの基準に適合しています(たとえば,塩化ナトリウムのUSP錠)。たとえ,クリーンと表示されていても,GMPの装置に残留物が目視で確認できる状況は適切とはいえません。それゆえ,もし,安全な残留物の量が目視で確認可能ならば,その場合装置は残留物が見えなくなるまでクリーンにしなくてはなりません。
この考え方は,今日でも広く受け入れられています。なお,10ppmは結構厳しい基準であることが,実際に計算してみると分かる。一方,この3つの基準であるが,実際の計算式(本稿では示していないので,資料2,3)を参照ください)には不確定係数などが含まれており,@設定の背後に科学的な根拠がない,A交叉汚染で不利益を被る消費者の視点からの基準となっていない,との指摘があり,“Why
the 10-ppm Criterion should be Abandoned”のようなタイトルの論文14)も発表されている。こうしたことから,特に2015年以降残留物の毒性に基づいた限度値設定の考え方が広く普及しており,仮にFourmanらの基準で設定していたとしても,毒性の視点での残留限度値を検討していないと査察で必ず質問を受けることになる。
2.3 残留物の毒性に基づく限度値設定
2.3.1 原薬GMPガイドライン15)
2001年ICH Q7 原薬GMPガイドラインが通知されたが,“12.7
洗浄のバリデーション”で,次のように記載されている。12.74 残留物又は汚染物を検出できる感度を有するバリデーション済みの分析方法を使用すること。各分析方法の検出限界は,残留物又は汚染物の許容水準を検出するのに十分な感度とすること。当該分析方法の達成可能な回収水準を設定すること。
残留物限界値は,実用的,達成可能,立証可能であり,かつ,最も有毒な残留物に基づいたものとすること。限界値は,原薬又はその最も有毒な組成物に関する既知の薬理学的,毒性学的又は生理学的活性の最小量に基づいて設定すること。(下線イタリックは著者)
このように,原薬製造ラインでは2001年の段階で,残留物の毒性にもとづいた限度値の設定が指摘されている。しかし,どのような毒性データを使用するか明記されておらず,また著者が2015年の段階で複数の原薬製造メーカに確認したところ,必ずしも毒性に基づく設定をしているとの回答は得られず,イタリックの部分などを根拠に設定していたものと推察している。なお,直接洗浄とは関係しないが,ICH
Q3C “医薬品の残留有機溶媒ガイドライン”(1998年)の中には,毒性に基づく残留限度値を計算する式が示されており,毒性データとしてPDE(Permitted
Daily Exposure)が使用されていが,このPDEが,この後洗浄後の残留性評価の表舞台に出てくることになる。
2.3.2 EU-GMPガイドライン16)
2014年欧州医薬品庁(European Medicines
Agency:EMA)は,作業者の安全性に視点を置いたリスクに基づく暴露管理に関するガイドライン
“Guideline on setting health based exposure limits
for use in risk identification in the manufacture
of different medical products in shared facilities”を通知し,2015年から施行となった。このガイドラインは洗浄バリデーションを対象としたものではないが,以下のような記載があり,その結果,このガイドラインを根拠に毒性に基づく洗浄後の残留性評価が普及することとなった。
(エグゼプティブサマリー)交叉汚染物質の存在は,全ての人々にとって安全と考えられるレベルの順に示されるリスクに基づいて管理されなければなりません。このため,安全閾値を計算することで健康に基づいた限度値がリスクを特定するために採用されなければなりません。そうした閾値の計算(例えば,1日最大摂取許容量(PDE),あるいは 毒性学的懸念の閾値(TTC))は,非臨床,臨床試験データを含む利用できるすべての薬理学的,毒性学的なデータを総合した科学的な評価でなければなりません。
(Introduction(抜粋))洗浄はリスク低減策であり,製薬業界では洗浄バリデーションのキャリーオーバー限度値が広く使用されています。これらの限度値を確立するためにさまざまなアプローチが取られていますが,多くの場合,利用可能な薬理学的および毒性学的データが考慮されていません。したがって,リスクの特定とすべてのクラスの医薬品物質のリスク低減策をサポートするには,より科学的なケースバイケースのアプローチが必要です。このガイドラインの目的は,個々の有効物質の薬理学的および毒性学的データをレビューおよび評価し,GMPガイドラインで言及されている閾値レベルを決定できるようにするアプローチを推奨することです。これらのレベルはリスク特定ツールとして使用でき,洗浄バリデーションで使用されるキャリーオーバー限度を正当化するためにも使用できます。GMPガイドラインの第3章と第5章では有効医薬品成分(API)については説明されていませんが,リスク特定のための閾値を導き出すためにこのガイドラインで概説されている一般原則は,必要に応じて適用できます。
このように,洗浄後の残留限度値を毒性に基づいて設定する場合,このガイドラインが述べているPDEやTTCが使用できることが明確に示唆されている。2014年秋著者らは欧州の査察を受けたが,この時すでに毒性に基づく限度値評価をしていないのかとの質問を受けた。しかし,この時はガイドラインの施行が2015年ということで“検討中”と回答して理解を得た。こうして,今日では毒性に基づく残留限度値の評価(その数値を設定るかどうかは別として)は必須の要件となっていると理解すべきである。なお,このガイドラインが示しているPDEの計算式を図2に示すとともに,実際にキャリーオーバーを計算する時の式も併せて示した。式から分かるようにFourmanらの計算式において10ppmや0.1%に相当する部分にPDEの数値を入れる事で限度値を設定することになる。なお,勘違いしない方がよいと思うのは,ガイドラインは毒性に基づく限度値を設定しろと言っているのではない(“2.5 限度値間の比較”を参照)

図2 PDE及びCarry-Overの計算式
2.4 工程能力に基づく限度値設定
残留限度値の設定方法として,もう1つの考え方を紹介しておく。これは,あらかじめデフォルト値として設定されている,たとえばWFIにおけるTOC値などを利用したり,あるいははFourmanらの手順で限度値を設定しておき,その後は実際に洗浄後に残留している量を基に限度値を見直した上で設定するというものである。この基準であれば,仮にプロセスに問題があった場合,通常と異なるとの判断が出来ることになる。これはValidation本来の目的と合致しているのではないかと著者は考えている。そのため,最初の段階は毒性やFourmanらの計算式に基づく限度値としておき,実際に生産が開始され実測値が集積された段階で,こうした工程能力に基づく限度値に変更すべきではないかないだろうか。本項では述べないが,この考え方はQuality
by Designに基づく洗浄バリデーションの取り組みと一致するものと考えている。
2.5 限度値間の比較
これまで紹介してきたように,残留限度値の計算手順は,いろいろな方法がある。Barleら17)は,140個の原薬について,毒性に基づく限度値とFourmanらの0.1%基準に基づく計算では,90%の薬物が後者の方が厳しい値になったと報告している(図3)。この他にも藤原が,原薬製造ラインにおける限度値について同様の報告をしている18)。このように,多くの薬物の場合,Fourmanらの基準の方が限度値とは厳しくなる傾向にある。では,質問として,それを承知で毒性に基づく限度値を限度値として採用するかである。著者が所属していた組織では,最終的に@Fourmanらの基準,A毒性に基づく基準,のどちらか厳しい値を採用することとした。
なお,ISPEが発行しているBaseline guide19)には,次のように記載されている。
洗浄バリデーションにおける限度値の設定において,最低臨床用量(LCD)の1/1000,そして10ppmは常に適切な(消費者)保護とはならない場合がある。たとえば,ホルモンや抗悪性腫瘍剤のようなハザードレベルの高い化合物についてである。
しかし,多くの薬物において,この方法は健康被害から消費者を守るための許容できる残留限度値と考えることができる。
つまり,毒性に基づく限度値設定が重要なのではなく,洗浄バリデーション本来の目的やこうしたコメントも踏まえ,自社で洗浄後の残留限度値設定に対してしっかりとした考えを持って対応することが重要なのである。

図3 PDEに基づく限度値と0.1%基準にも基づく限度値の比較
◆続きは「月刊PHARMSTAGE」2025年2月号 本誌でご覧ください◆
月刊PHARMSTAGEのホームページはこちら
https://www.gijutu.co.jp/doc/magazine_pharm%20stage.htm
参考文献
1)FDA, Human Drug CGMP
Notes, 9 : 2, 2Q2001
2)[洗浄全集]製造設備の洗浄バリデーションと3極要求事項対応
サイエンス&テクノロジー(株),2013年
3)宮嶋勝春,経験/査察指摘/根拠文献・規制から導く洗浄・洗浄バリデーション:判断基準とノウハウ,サイエンス&テクノロジー(株),2021年
4)Kenneth E. Avis (Ed.),
Biotechnology Quality Assurance and Validation,
CRC Press (2019)
5)Roger Brunkow et al.,
Cleaning and Cleaning Validation: A Biotechnology
Perdpective, CRC Press (1996)
6)Destin A. Blanc, Cleaning
Validation Practical Compliance Approaches for
Pharmaceutical Manufacturing, CRC Press (2023)
7)ISPE, Cleaning Validation
Lifecycle-Applications, Methods, Controls, ISPE
(2020)
8)PDA, Technical Report
No. 49 : Points to Consider for Biotechnology
Cleaning Validation. (2010)
9)Fourman, G. L. and Mullen,
M. V., Determining Cleaning Validation Acceptance
Limits for Pharmaceutical Manufacturing Oprtations,
Pharm. Technol. 17 (4), 54-60 (1993)
10)FDA, Guide to Inspections
: Validation of Cleaning Processes (1993)
11)Andrew Walsh, Cleaning
Validation for the 21st Century : Acceptance Limits
for Active Pharmaceutical Ingredients : Part I,
PHARMACEUTICAL ENGINEERING, July/August, 74-83
(2011)
12)西山経営研究所,Barr Laboratoriesが勝ったのかな?
https://ncogmp.com/2023/03/09/post-13156/
13)FDA, HUMAN DRUG CGMP
NOTES , Volume 6, Number 2, June, 1998
14)Allan Ader, Cleaning
Limits-Why the 10-ppm Criterion should be Abandoned,
Pharm. Tech., 40 (1), 52-56 (2016)
15)厚生労働省,原薬GMPのガイドラインについて,医薬発第1200号
(2001年11月2日)
16)EMA, Guideline on setting
health based exposure limits for use in risk identification
in the manufacture of different medical products
in shared facilities(2014年11月20日)
17)E.L.Barle, Using Health-Based
Exposure Limits to Assess Risk in Cleaning Validation,
Pharmaceutical Technology
https://alfresco-static-files.s3.amazonaws.com/alfresco_images/pharma/2017/09/19/3ffbe23f-bab2-4774-ad65-b94ed8ab270c/PT0817%20Lonza%209-6%20ES%20pr2f-Web.pdf
18)藤波道彦,洗浄バリデーション実施・サンプリング妥当性とDHT・CHT/残留許容値の設定,サイエンス&テクノロジー(株),pp.
29-48(2017)
19)ISPE Baseline guide
: Volume7_Risk-Based Manufacture Of Pharmaceutical Products
First Edition (2010)
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