1.はじめに
筆者が所属するタカラバイオ株式会社は,ライフサイエンス分野における研究用試薬や遺伝子増幅などで使用される装置等の製造販売,更にそれらの知見を活用してバイオ医薬品及び再生医療等製品の開発・製造受託(Contract
Development and Manufacturing Organization ; CDMO)を手掛けている。その為,弊社ではmRNAワクチン原薬,組換えタンパク質を主成分とする抗体医薬品等のバイオ医薬品,細胞医薬品や遺伝子治療薬等の再生医療等製品といった多種多様のモダリティの製造及び品質試験に適応した施設を所有しており,それぞれの製品に合わせた適切な品質システムを構築し運用している。
基本的にバイオ医薬品であろうが,GMPを遵守するにあたり,通常の低分子医薬品と大きく変わるようなことはない。但し,その特性および規制から低分子医薬品とは異なる観点から注意が必要になる。本稿では,バイオ医薬品の製造において重要なポイントとなる洗浄バリデーションの現状とその課題に対して解説する。
2.バイオ医薬品とは<その特徴>
バイオ医薬品に対し様々な定義が存在するが,日本製薬工業協会では次のように説明している。
「有効成分がタンパク質由来(成長ホルモン,インスリン,抗体など)である薬,あるいは細胞,ウイルス,バクテリアなどの生物から産生される物質に由来する薬。化学合成の低分子医薬品に比べて大きくて複雑であり,一般的に各バイオ医薬品の特性や性質は製造工程自体に依存している。」
低分子化合物では得ることのできなかった高度な薬効を持つバイオ医薬品では,変化に敏感な生物を用いた製造工程により産出された複雑な構造を持つ有効成分から成り立っている。つまり,わずかな製造工程の変化により,全く異なる品質の成分が産出される可能性があり,工程管理や品質試験管理についても非常に高度で多くの管理が必要となる。
また,バイオ医薬品の中でも季節性インフルエンザウイルスやコロナウイルスに対するワクチン等は,時期により必要とする量(使用量)が爆発的に増えるため,製造から出荷までの時間に制限がある(短期間での製造及び評価が必要となる)。更に,品質試験についても高度な知識及び経験が必要であり,複雑な試験系が多い。その為,限られた時間の中でより良い品質の製品を適切に出荷するためにはより高度に管理された品質システムが運用されなければならない。
3.バイオ医薬品の製造
バイオ医薬品は目的のタンパク質をコードする遺伝子を導入した遺伝子組換え細胞により目的タンパク質を製造する。その製造は大きく分けて2種類の工程(原薬化と製剤化)に分けられる。更に原薬化は大きく2つの工程(上流工程と下流工程)があり,上流工程ではタンパク質産生細胞を培養する培養工程が,下流工程では目的タンパク質以外の夾雑物から目的の成分を抽出することを目的とした精製工程が主体となる。
バイオ医薬品の製造において主に使用される設備は,上流工程で細胞を培養するための培養槽,細胞と培養液を分離するための遠心分離機,下流工程では精製するためのクロマトグラフィー装置,濃縮するためのろ過システム等がある。勿論,これらの製造装置に関しては適切なメンテナンスを実施し,維持管理をすることは当然ではあるが,製造使用後に汚れを落とすための洗浄工程は高い品質の製品を製造するため,とても重要な作業である。

図1 バイオ医薬品の製造工程
4.バイオ医薬品の洗浄工程
バイオ医薬品はその製造工程の中で血清や増殖因子を含む培地や塩類から成るバッファー溶液,酵素等の補助基材といった様々な原材料を用いている。また,製造する有効成分はタンパク質などの生体高分子である。これらの原材料や有効成分は極微量でも活性を示すものが多く,製造装置に残留し,次製造に混入するようなことが起こると患者の健康被害にも関わる非常に大きな問題となる。また,生体高分子は,その物性から固着などが起こると洗浄が難しくなる場合も発生する。その為,洗浄には適切な洗浄剤を用いることにより,洗浄性能を向上させる必要がある。洗浄剤には一般的に水酸化ナトリウムのような高濃度の強アルカリ溶液を用いることが多い。強アルカリ溶液はタンパク質を変性や分解させるため,機能を完全に不活化することもできることが非常に有用である。

図2 タンパク質の変性と分解
5.洗浄バリデーションの必要性
前述したように医薬品製造において洗浄工程は非常に重要であるため,その洗浄効果については洗浄バリデーション1)として検証する必要がある。しかしながら,バイオ医薬品の製造工程においては,極微量の有効成分でも検出できる試験系を確立する必要性があり,洗浄バリデーションの検証が困難である。また,洗浄工程で使用する洗浄剤により検出したい成分が変性や分解され,大きく構造の変化が起こるため,特異的な抗体で検出するELISA法(Enzyme-Linked
Immunosorbent Assay)等の試験系では測定すらできなくなる。その為,製造工程で使用する装置についてはシングルユース製品を用いることにより,洗浄バリデーションを実施しないことが主流であった。ただし,コロナ禍においてはシングルユース製品の争奪戦となり,長納期化,供給不足が続き,数量確保に相当の労力を要している。コロナ禍が落ち着いてきた昨今においても入手に対してかなりの労力がかかっている。その為,その使用に関しては見直され,マルチユースでの装置としてSUS製タンク等の使用に戻りつつある。つまり,以前はシングルユース製品使用により洗浄バリデーションの工数を減らしていたものの,シングルユース製品入手のための納期管理工数を考慮すると,洗浄バリデーションの実施が必要ではあるが洗浄してリユースすることができるマルチユース装置の利用の方がパンデミック発生時における迅速かつ大量製造を行う体制構築に向いていると言えよう。
また,2011年にFDAが製品ライフサイクルに応じたプロセスバリデーションのガイドライン2)を発出している。この中ではStage1がProcess
Design, Stage2がProcess Qualification, Stage3がContinued
Process Verificationとして3段階のプロセスバリデーションについて定義されており,Stage3では日常生産を通して継続的にプロセス検証を実施しなければいけないことが記載されている。これは洗浄工程の検証作業である洗浄バリデーションにおいても同じことが言え,洗浄性能は継続して洗浄工程が維持されていることをベリフィケーションとして定期的に検証し,保証する必要性がある。つまり,日常的にも簡便かつ精度よく測定ができる試験系の確立が必要となる。例えばTOC(Total
Organic Carbon)測定は残留物の総炭素量を検出することができ,変性や分解されたタンパク質でも基本的には炭素により構成されており,検出された総炭素量から有効成分の量を推測することが可能であるため,洗浄検証の測定系の一つとして用いられることが多い。
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https://www.gijutu.co.jp/doc/magazine_pharm%20stage.htm
参考文献
1)平成07年03月01日厚生省薬務局長通知
薬発第158号「バリデーション基準について」
2)2011年1月“Guidance for
Industry Process Validation : General Principles
and Practices”
3)Fourman, G. L., &
Mullen, M. V., Pharmaceutical Technology, 17(4),
54-60 (1993) “Determining Cleaning Validation
Acceptance Limits for Pharmaceutical Manufacturing
Operations.”
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