1.はじめに
独立行政法人医薬品医療機器総合機構(以下,PMDA)は2024年4月に設立20周年を迎えた。「健康被害救済」,「承認審査」及び「安全対策」の
3 つの柱を業務の中心とし,「より有効で,より安全な医薬品や医療機器などをより早く国民の皆さまに役立てていただく」ことを使命として,ドラッグラグ・デバイスラグ解消,安全対策の強化,健康被害のより迅速な救済など,国民の健康・安全の向上に寄与すべく活動してきた。医薬品品質管理部(以下,当部)においても,この20年,組織の規模は変わりつつもGMP/GCTP分野の調査業務を中心に日本に流通する医薬品等の品質確保に資する活動に取り組んできた。一方,ここ10年のGMP分野の規制の変化を振り返ると2014年7月に日本のPIC/S加盟,2021年8月にGMP省令の改正が行われ,国際整合が進んだ10年だったと言える。しかしながら,国内では2016年以降,国内医薬品製造業者における製造管理・品質管理上の不備を端緒とする行政処分が断続的に発生しており,国内で流通する医薬品の信頼性を揺るがす事態が続いている。結果として医薬品を待っている患者さんに十分に届けられていない状況にまで発展している。国内でこのような事態が起きていることについてGMP調査員として憂慮しており,GMP調査を含む医薬品の品質確保に関する我々の取り組みの実効性も問われていると危惧しているところである。本稿では,こうした背景の中で当部が現在,取り組んでいる医薬品の品質確保に関する活動について紹介し,改めて我々の医薬品の品質確保に関する取り組みに何が期待されているか,何をすべきか,我々の果たすべき役割について考える。
2.医薬品品質に係るリスクコミュニケーションの促進
PMDAは5年毎に独立行政法人通則法に基づいて作成する中期計画1)に基づき業務を遂行しており,2024年4月からは第5期中期計画に入った。第5期の当部の分野については,ア
GMP実地調査の充実,イ 無通告査察の着実な実施,ウ 新しい製造技術への的確な対応 エ 都道府県等の職員への教育支援の充実といった第4期まで掲げてきた内容に加え,オ
医薬品品質に係るリスクコミュニケーションの促進を新たな計画に加えた。この医薬品品質に係るリスクコミュニケーションの促進の追加は2022年から運用を開始したORANGE2)Letter/
GMP指摘事例速報(以下,オレンジレター)や,GMPラウンドテーブル会議の活動を含む情報発信活動を今後も持続的に発展させ,企業側と規制側の両者にとって有益な取り組みにまで結実させていくことを目標としている。我々は日本国内だけでなく海外の製造所の調査も行っており,2023年度に当部が行った立入検査を含むGMP調査等の実地調査は268件に上った。患者さんを含む医薬品品質に関わるステークホルダーに,当部が行う個々のGMP調査によって得られる製造所の調査結果情報や分析結果を発信し,それが周知・活用されることは,医薬品の製造管理・品質管理の状況に対する知識と理解を深めるという意味においても,今後ますますその価値や意義は高まるものと考えている。以下,当部の取り組みについて紹介する。
図1 独立行政法人医薬品医療機器総合機構中期計画(令和6年3月28日厚生労働省発医薬0328第55号認可)
2.1 オレンジレター
オレンジレターは,製造所の自主的な改善の促進等を目的として,2022年4月からGMP調査で実際に発出した指摘事項の中で業界への周知が特に有用と考えられる事例について注意喚起や技術的な参考情報を公表する指摘事項の速報版である。2024年12月時点までに17事例(2022年:6事例,2023年:5事例,2024年:6事例)公表してきた3)。内容は,医薬品品質システム(GMP省令第3条の3)に係る事例から,製造管理(GMP省令第10条),安定性モニタリング(GMP省令第11条の2),変更の管理(GMP省令第14条)及び逸脱の処理(GMP省令第15条)の事例等,幅広い事例を取り上げてきた。この取り組みを始めて3年が経つが,当方が実際の調査で訪れる製造所において製造現場の掲示板にオレンジレターが掲示されているところがあった。また品質保証部門の方が教育訓練の題材に活用しているとの話を伺うこともあり,オレンジレターが製造所の現場で実際に活用されていることを実感している。一方,「オレンジレターの不備事例についてもう少し詳細な説明がないと,事例検討の材料に使用できず,現場での活用として『手順の遵守』の声掛けにしかならない」とか,「指摘事項の共有だけでなく,製造所における良い取り組み事例も共有いただきたい」との忌憚ない意見もいただいている。こうした意見も取り入れながら,オレンジレターが幅広く「現場」で共有化され製造管理・品質管理の改善に活かせる情報源となるよう改善を図っていきたい。オレンジレターで紹介している事例そのものは他製造所の製造管理・品質管理状況ではGMP
調査において必ずしも指摘にならない場合もある。単に起きている事案そのものの不備にのみに着目することなく,指摘事項例と合わせて記載している「製造所で確認していただきたいポイント」,「考えるべきポイント」そして
「PMDAからのメッセージ」を押さえていただき,オレンジレターを他山の石として,自社の製造管理・品質管理状況に合わせて品質改善に活用いただきたい。
2.2 GMPラウンドテーブル会議
オレンジレターの活動と合わせて当部では2022年度から「GMPラウンドテーブル会議」と称し,医薬品製造所等が実際に直面しているGMP/GCTP上の課題に対して,製薬企業,規制当局及びアカデミアの実務担当者が一堂に会して,フラットな立場で意見交換・課題共有を行う場を定期的に提供している。ディスカッションテーマには,第1回は「安定性モニタリング」と「逸脱処理」,第2回は「受入試験における先行(同梱)サンプルの利用」,第3回は「製造記録の適切な作成(DI
の観点から)」 と「製造技術の知識管理・伝承(教育・人材育成)」を掲げた。規制やガイドラインの再確認も含めながら実際の現場で起きているオペレーション上の課題とその解決策,あるべき姿などについて,各々の現場での課題解決に向け,毎回白熱した議論を繰り広げている。2024年9月に実施した第4回GMPラウンドテーブル会議では,事後アンケートで取り上げてほしいテーマとして常に上位に挙がっていた「クオリティカルチャー」をテーマに開催した。難しいテーマであったものの参加者の問題意識や関心も高く,盛況のうちに終了した。当日行われた講演会の資料,各班の成果物,参加者アンケートについては過去の開催分も含め当部のホームページで公開している4)。是非,参考にしていただきたい。
GMPラウンドテーブル会議の会場は現地参加しやすいよう東京会場だけでなく第2回は大阪,第3回は富山,第4回は静岡と様々な地域でも開催しており,今後も各地での開催を予定している。オンライン形式のセミナーも増えている昨今で,同会議もオンライン形式で参加できるセッションも用意しているが,GMPラウンドテーブル会議は,様々な価値観やバックグラウンドを持ちながらもGMP分野で同じ課題意識を持つ同志が顔を突き合わせて議論や意見交換ができる貴重な場である。第4回GMPラウンドテーブル会議でも,ある現地参加者の方から「同じ課題意識を持っている方々に出会えてよかった。勇気をもらった。」という趣旨のお言葉をいただいた。産官学の枠を超えて参加者があるひとつのテーマに沿って複数の見解を出し合い,唯一の正解はなくても,多角的な視点から一定の方向性や解決策を導き出す作業を「対面」で行う時間こそが,地道ではあるが,今抱えている医薬品の品質確保のための課題解決に必要な時間ではないかと考えている。GMPラウンドテーブル会議は今後も回を重ねていく。ディスカッションテーマは,参加者の要望等に応えて様々な課題を取り上げる予定であるが,テーマに依らずGMPラウンドテーブル会議中には他の企業参加者や調査員とも意見交換できる時間もある。是非,製造所の中で直面しているGMP上の自社課題をGMPラウンドテーブル会議に持ち込んでいただき有意義な時間としても活用いただきたい。
GMPラウンドテーブル会議の今後の展開として,会議の中身を充実させることはもちろんであるが,会議で議論されたことのサマリー,そこで得られた課題,提言や提案について当部ホームページで広く公表し,会議の成果が各企業の業務改善や品質改善に幅広く活用されるよう発展させていきたい。将来,GMPラウンドテーブル会議が産官学の医薬品の品質確保に資する活動の基盤となることを望んでいる。
2.3 GMP/GCTPアニュアルレポート
国内外の医薬品企業や規制当局との相互理解を促進することを目的として,2023年からはGMP/GCTP調査に関する業務実績や今後の展望などの情報を「GMP/GCTP
Annual Report(日本語版及び英語版)」として公表している3。2024年9月に公表したGMP/GCTP
Annual Report 2023では,製造所における自主的な改善活動のさらなる促進を期待して,当部がGMP調査において発出した中程度の不備事項を公表することとした5)。公表している中程度の不備事項については,製造所を特定するような機微事項は省略もしくはマスキングしているものの,オレンジレターと比較すると不備事項をほぼ原文そのままに公表しており,当部が指摘する不備の温度感がより伝わりやすくなっているのではないかと考えている。中程度の不備事項はGMP調査要領6)別添3の「GMP
適合性評価基準」の中で,「GMP 省令に規定されている条項に抵触しているが,『重度の不備事項』に該当しない場合」に分類されるものであることから,不備事項の改善にあたってはGMP省令の条項の規定事項の理解が必要である。改めてGMP省令を読み直すきっかけにもしていただきたい。また,GMP/GCTP
Annual Reportでは5年間の指摘事項の調査項目ごとでの傾向を公表している。当部がどういったところに視点を置いて調査しているかという観点から自社の品質改善の取り組みの一助にしていただきたい。>br>
また,全体観としてGMP/GCTP Annual Report は当部として集積したGMP調査結果等のデータを具体的に示しており「医薬品の品質確保のための新たな価値」として患者さんはもとより国民の皆さんへの情報提供にもなると考えている。GMP/GCTP
Annual Reportのタイトルが示すように,このレポートは当部の1年間 の活動を振り返る包括的なものである。活動報告を体系的かつ透明性高く開示することで国内外の医薬品企業及び海外当局からの信頼を高めることにもつながると考えている。こうした継続的な情報開示を通じたステークホルダーとの信頼関係の構築が,GMP分野における規制当局間のアライアンス関係の構築だけでなく保健衛生分野における国際連携の次なるステップにもつながるものと期待している。このようにGMP/GCTP
Annual Report は,当部が行う医薬品の品質確保に関する活動(アクション)を見える化しているともいえることから,是非,我々が行っている活動がステークホルダーのための活動となっているか評価いただきご賛同,ご助言,ご批判等の様々な反応(リアクション)をいただきたい。双方向の前向きな対話によって,さらなる我々の品質確保に関する活動の改善につなげるとともに当部の業務の透明性の向上にもつなげていきたいと考えている。
2.4 医薬品品質に係るリスクコミュニケーションの今後
厚生労働省医政局が実施する「後発医薬品の安定供給等の実現に向けた産業構造のあり方に関する検討会」の報告書7)においては,「品質が確保された後発品を安定供給できる企業が市場で評価され,結果的に優位となるような対策の一つとして,医薬品の安定供給等に係る企業情報(製造能力,生産計画,生産実績等)の可視化(ディスクロージャー)を行い,これらの情報も踏まえた薬価の在り方を検討すべきである」との考えが示されている。同報告書には,後発医薬品産業の本来あるべき姿として挙げられている3点のうち一つに「すべての企業において製造管理・品質管理体制が整っていること(製造管理・品質管理体制の確保)」が掲げられており,「後発医薬品への信頼回復と供給不安の再発防止のためにも,製造管理・品質管理体制の強化が必要不可欠である」と述べられている。これらの課題についてはすでに「後発品の安定供給に関連する情報の公表等に関するガイドライン8)」に基づき,厚生労働省の安定供給体制等を指標とした情報提供項目に関する情報提供ページ9)での公表が始まっている。
一方,現在,「厚生労働行政推進調査事業費補助金 医薬品・医療機器等レギュラトリーサイエンス政策研究事業 医薬品製造業者等における品質問題事案の発生予防及び品質の継続的な維持向上に向けた調査研究 テーマ2:官民の品質リスク情報コミュニケーションの在り方に関する検討10)(研究代表者
蛭田 修)」(以下,蛭田班の調査研究)の中では,製造販売業者及び製造業者に対して品質リスクに関する気づきを与え,いち早く改善の機会を提供するための行政が持つ品質リスク情報の共有化について言及されている。また,国内外における品質問題事案発生の抑止の観点から,官から民(国民,事業者)へ発信すべき内容,官民で共有すべき情報,情報の発信者,発信の方法等,日本版ワーニングレターのような制度創設についても検討されている。
◆続きは「月刊PHARMSTAGE」2025年1月号 本誌でご覧ください◆
月刊PHARMSTAGEのホームページはこちら
https://www.gijutu.co.jp/doc/magazine_pharm%20stage.htm
参考文献
1)独立行政法人医薬品医療機器総合機構中期計画(令和6年3月28日厚生労働省発医薬0328第55号認可)
https://www.pmda.go.jp/files/000267756.pdf
2)Observed Regulatory Attention / Notification
of GMP Elementの略
3)品質確保に関する取り組み :
https://www.pmda.go.jp/review-services/gmp-qms-gctp/gmp/0011.html
4)GMPラウンドテーブル会議:
https://www.pmda.go.jp/review-services/gmp-qms-gctp/gmp/0023.html
5)GMP/GCTP Annual Report 2023 20頁 :
https://www.pmda.go.jp/files/000270780.pdf
6)GMP 調査要領の制定について(令和6年3月29日付医薬監麻発0329第9号)
7)後発医薬品の安定供給等の実現に向けた産業構造のあり方に関する検討会報告書の公表について
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_40339.html
8)「後発品の安定供給に関連する情報の公表等に関するガイドライン」の策定について(令和 6年3月29日付
医政産情企発 0329第7号)https://www.mhlw.go.jp/content/001239225.pdf
9)安定供給体制等を指標とした情報提供項目に関する情報提供ページ
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/kouhatu-iyaku/02_00001.html
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