1.はじめに
共用設備では交叉汚染防止のために,洗浄が必須である。その洗浄評価は,科学的な根拠にもとづく「薬理学的・毒性学的評価」によるとされ,同アプローチはPIC/S
GMP においても採用されている。国内では,一層の国際整合を図る観点から,改正GMP 省令において「毒性学的評価によるアプローチ」を導入しており,国内の今後の洗浄バリデーションでは,科学的な根拠にもとづく洗浄評価,専用化の判断が必要となってくる。
本稿では,科学的な洗浄バリデーションに関する流れ,交叉汚染防止要件と専用化要件に関するPIC/S
GMP の内容,改正GMP 省令の内容,専門家団体からの関連ガイドライン,そして,今後の洗浄バリデーションの具体的な流れを説明する。なお,改正GMP
省令の洗浄評価に関連する事項はPIC/S GMP によっているので,説明をPIC/S GMP
から始めるのが分かりやすいと考え,上記のような流れとしている。
毒性学的評価による洗浄バリデーションの詳細に関しては,小著を参考にしてほしい1)。
2.科学的な根拠にもとづく洗浄バリデーションの流れ
洗浄バリデーションおよび洗浄評価を科学的に進めようという流れは,ISPE
Risk-MaPP ガイドラインによる提唱(2010 年)から始まっている。同ガイドラインは,洗浄評価のための科学的な指標として,毒性学的な試験(動物試験)から得られるデータおよび臨床試験から得られるデータをもとに設定される健康ベース曝露限界値(Health-Based
Exposure Limit : HBEL)を導入した。その後,EMA が規制当局として初めて,
改訂EU-GMP 発出時において,洗浄バリデーションに科学的な指標を導入することを明確にした(2014
年)。その後,環境整備の一環として,HBEL 設定ガイドラインおよび付随するQ&A
の発出が続いている。
PIC/S は,改訂EU-GMP が発出された翌年の2015 年には,PIC/S GMP
PE-009 Annex 15 洗浄バリデーションの中で,今後は毒性学的な評価にもとづいて洗浄バリデーションを進めていくという宣言をしたものの,当時はまだGMP
本体,HBEL 設定ガイドラインなどの整備が十分ではなかった。
PIC/S は,その後,若干の時間的な遅れはあったものの,EMA をフォローしてきており,GMP
本体,HBEL設定ガイドライン,同ガイドラインのQ&A,査察官向けの交叉汚染防止措置に関する備忘録,HBEL
評価文書とQRM における利用に関する備忘録など,関連ガイドラインを各種整備してきている。
このような流れの中で,PIC/S との整合を図ろうとして,GMP 省令の見直し改訂が進められた。
3.関連するPIC/S ガイドライン
3.1 全体概要
改正GMP 省令は,PIC/S との国際整合を図るという観点から発出されている。その内容を説明する前に,PIC/S
の関連する文書を紹介する。それを踏まえておくと,改正GMP 省令,施行通知,GMP 事例集(2022
年)の意図しているところが理解しやすいと思えるためである。
2024 年5 月末時点での,関連するPIC/S 文書は以下のとおりである(和文名は筆者による)。
・PIC/S GMP PE 009-17(2023年8月)
・PIC/S HBEL設定ガイドラインPI046-1
(2018年7月)
・PIC/S HBEL設定ガイドラインQ&A PI053-1
(2020年6月)
・ PIC/S 査察官用ガイド「共用設備での交叉汚染防止に関する備忘録」PI043-1(2018年7月)
・ PIC/S 査察官用ガイド「HBEL評価文書とQRMにおける利用に関する備忘録」PI052-1(2020年6月)
3.2 科学的な根拠にもとづく洗浄バリデーションの方向性
毒性学的な洗浄評価を行う必要性は,PIC/S-GMP
Annex 15 Qualification & Validation 10.6に記されている(文責太字強調筆者)。
「10.6 製品残滓の持ち越しの限度値は,毒性学的な評価にもとづくべきである。選定された限度値に対する検証は,リスク評価において文書化されているべきであり,すべての根拠資料を含む。洗浄剤を使用する場合でも,その除去についての限度値が確立されているべきである。・・・」
第1の文章では,洗浄評価のための限度値は毒性学的評価によるとしている。第2の文章では,HBEL設定評価文書を準備する必要性を,第3の文章では,洗浄剤についても限度値を設定する必要性を述べている。そして,毒性学的な洗浄評価のための具体的なツールとしてHBEL設定ガイドラインを脚注にて引用している。
3.3 交叉汚染防止に対する基本的な考え
PIC/S GMP 第3章 製造エリア3.6の前半部分に,交叉汚染防止に対する基本的な考えが記されている(文責太字強調筆者)。
「3.6 製造設備の適切な設計と運転により,すべての製品に対して,交差汚染が防止されるべきである。交叉汚染を防止する方策は,リスクに相応しいものとすべきである。品質リスクマネジメントの原則により,リスクを評価し,管理すべきである。リスクのレベルに応じて,ある種の医薬品によってもたらされるリスクを管理するために,製造工程およびまたは包装工程のための建物および機器類を専用化する必要がある場合がある。・・・・・・」
交叉汚染を防止するためには,製薬企業が品質リスクマネジメントの一環として,製品品質に与えるリスクを特定し,評価を行い,その結果にもとづいて技術的および運用管理的な措置をとるのが求められる。交叉汚染防止のための具体的な方策
(技術的および運用管理的措置)がChapter 5 Productionに例示されている。
3.4 専用化要件
PIC/S GMP 第3章 製造エリア 3.6の後半部分に,専用化要件が記されている(文責太字強調筆者)。
「3.6・・・・
医薬品が次のようなリスクを示す場合には,専用化された製造設備が必要である。
(a) リスクが,運転および/または技術的な方策で適切にコントロールできない場合。
(b) 毒性学的な評価に由来する科学的なデータが,リスクをコントロール可能であることを示さない場合(たとえば,βラクタムのような高感作性物質からなるアレルギー性のある物質)
(c) 毒性学的な評価から得られる適切な残滓限界が,バリデイトされた分析方法によって,満足のいくように同定し得ない場合。」
専用化要件の基本的な原則は,交叉汚染のリスクがコントロールできない場合には専用化するというものである(a)。コントロールできない物質の例として,βラクタム系抗生物質のような感作性のある物質があげられている(b)。そして,残滓限界(洗浄閾値)が分析機器によって,十分満足のいくように同定できないためにコントロール可能でない場合には専用化する(c)。
この(c)にある残滓限界を求める際のツールがHBELである。このHBELをもとにして得られる洗浄閾値は,患者の安全を確保するものとなる。
洗浄閾値の計算式自体は,PIC/Sガイドラインでは示されていない。従来の0.1%投与量基準の計算式において,0.1%投与量に代えてHBELを算入して得られる(後述ISPEおよびASTMからの各種ガイドラインを参照してほしい)。
このような計算式で得られる洗浄閾値を,ISPE Risk-MaPPガイドラインでは,スワブ残滓レベル(Swab
Residue Level : SRL)と称している(スワブサンプリングの場合)。
このSRLは,共通面積などの各種パラメータおよびハザードレベル(すなわちHBEL数値)の組み合わせにより,数値が高低する。洗浄閾値(SRL),目視検出限界(Visible
Residue Limit : VRL),分析機器の検出限界(LOD)との相対位置関係は図1のようになる。
ハザードレベルが相対的に低い場合には,図1(a)にあるように,SRL>VRL>LODとなる。ハザードレベルが相対的に高い場合には図1(b)のように,VRL>SRL>LODとなる。洗浄閾値を計算する際の各種パラメータの組み合わせで,SRLが分析機器の検出限度(LOD)以下になる場合はあり得る(VRL>LOD>SRL)。その場合を図1(c)に示す。このような場合では,残滓のレベルがどの程度なのかをモニタリングできない状況になるので,コントロールできない。このために,専用化要件の原則により,専用化するとなる。
専用化する際にも,そのレベルはさまざまである。部品を専用化する,機器を専用化する,工程室を専用化する,設備自体を専用化するなど各種の方策があり得る。リスクのレベルに応じて選択する。
4.今後の洗浄バリデーションの方向性
国内における今後の洗浄バリデーションの方向性は,施行通知(薬生監麻発0428第2号「医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令の一部改正について」)の「第4
バリデーション指針」(5)バリデーションの種類等における B 洗浄バリデーションの項で,次のように規定されている(太字強調筆者)。
「・・・製品等の成分残留等の限度値については,その製造設備の材質,当該成分の薬理学的・毒性学的評価等の科学的な根拠に基づく設定が求められる。・・・」
これは,PIC/S-GMP Annex 15の洗浄バリデーション10.6項と同じである。成分残留などの限度値は,「薬理学的・毒性学的評価等の科学的な根拠に基づく」としている。これにより,HBELを用いる「毒性学的評価による洗浄バリデーション」の方向性が国内でも明確になったといえる。
5.改正GMP省令における交叉汚染防止
以下の施行通知の表記においては,施行通知での「・・・あること」という表記に代えて,「・・・ある」とし,わかりやすくしている。
5.1 改正GMP省令
改正GMP省令における交叉汚染防止に関する規定である第8条の2(交叉汚染の防止)は,独立する形で新設されたものである(太字強調筆者)。しかしながら,記述内容は極めて短く,より具体的には施行通知,さらにはGMP事例集(2022年)によらざるを得ない。
「第8条の2(交叉汚染の防止)
製造業者等は,医薬品に係る製品の交叉汚染を防止するため,製造手順等について所要の措置をとらなければならない。」
5.2 施行通知
施行通知における交叉汚染防止関係は,下記の通りである(太字強調筆者)。
「第8条の2(交叉汚染の防止)関係
(1)医薬品に係る製品の交叉汚染を防止するため,製造手順等について所要の措置をとらなければならない。当該措置をとるに当たっても,GMP省令第3条の4第1項の規定による品質リスクマネジメントの活用を要する。
(2)医薬品に係る製品への交叉汚染の防止には,製造所の構造設備に係るGMP省令第9条,第23条及び第26条,製造管理に係る同令第10条,第24条及び第27条等の遵守が不可欠である。」
上記の省令および施行通知に出てくる「交叉汚染を防止するための所要の措置」については,専用化要件についての施行通知第9条第1項第5号関係にある次の記述を参照する必要がある(太字強調筆者)。この規定が専用化要件に関連する項にあるので,少々ややこしい。
「第9条第1項第5号関係
・・・
エ. 交叉汚染を防止する適切な措置に関しては,次に掲げる内容であることが求められる
。
@ 薬理学的・毒性学的評価による科学的データに基づいて,当該製品等の成分の残留管理が可能である旨が裏付けられること。また,当該成分の残留管理のための限度値について,薬理学的・毒性学的評価に基づいて設定され,検証された分析法により適切に定量することができること。
A 上記 @ を踏まえ,当該成分の不活化又は製造設備の清浄化(洗浄)について,GMP省令第13条に規定するバリデーションが適切に行われること。
B その他当該作業室における医薬品に係る製品への交叉汚染の防止に関して,品質リスクマネジメントを活用して製品の製造管理及び品質管理(上記
A の不活化又は清浄化が行われた後の再汚染を防止する必要な措置を含む)が行われること。
・・・」
上記の @ では,洗浄後の機器表面にある残滓の管理が可能であるのを求めている。その際のツールが,薬理学的・毒性学的評価による科学的データであり,具体的にはHBELが該当する。
そして,残滓量管理のための洗浄閾値が,薬理学的・毒性学的評価にもとづいて(すなわち,HBELにもとづいて)設定され,検証された分析法により適切に定量できる(すなわち,分析機器の検出限界より上で定量的に同定できる)のが必要とされている。
A では,交叉汚染を防止する適切な措置として,洗浄が適切に行われるのを求めている。これは,至極当然と思える。
B では,品質リスクマネジメントを活用して製品の製造管理および品質管理を行うのを求めている。これも,先に説明したPIC/Sガイドラインの内容と同じである。
参考文献
1)島一己,毒性学的評価による洗浄バリデーション第2版
〜 PIC/Sガイド ・ 改正GMP省令等を踏まえたHBELにもとづく洗浄評価 〜,じほう,(2022年),321ページ
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